タンガロイの開発と商品化~戦時下の繁忙と技術公開

超硬工具のパイオニア、株式会社タンガロイの歴史は、1929年、芝浦製作所が、超硬合金の開発に成功したことに始まります。超硬合金とは、ダイヤモンドに匹敵する硬度を持つ焼結合金のことで、その日本初の超硬合金は、「タンガロイ」と名付けられました。名称は、焼結炭化物合金(タングステン+アロイ)を由来としています。

その頃、東京電気が、「ダイヤロイ」の商標名で超硬合金の販売を開始しました。同じような製品を販売していたことから、芝浦製作所と東京電気は、共同出資により、1934年、「特殊合金工具株式会社」を設立しました。ここに、日本で初めて、超硬合金の専門企業が誕生しました。

1929年8月芝浦製作所(東京市芝浦)の電気化学技術者が、超硬合金の開発に成功
1930年芝浦製作所が「タンガロイ」の商標名で超硬合金を市販開始

東京電気(東京市京橋区)が超硬合金の研究を開始

1932年東京電気が「ダイヤロイ」の商標名で超硬合金を市販開始
1934年12月芝浦製作所と東京電気の共同出資で、「特殊合金工具株式会社」を設立

「タンガロイ」と「ダイヤロイ」の2製品を販売

1935年9月自社工場である大宮町工場(神奈川県川崎市大宮町)を竣工
10月TX(タンタラム系)、GX(チタニウム系)の2種類の鋼切削用工具を開発

超硬合金の弱点とされていた鋼切削用工具の開発は非常に画期的で、機械工業界で大きな反響を呼ぶ

1937年2月大井電気を前身とする芝浦マツダ工業と合併

「芝浦マツダ工業株式会社 特殊合金工具製作所」となる

1939年6月戦時体制における生産拡大に対応するため、塚越工場(神奈川県川崎市塚越)を竣工
7月芝浦製作所と東京電気が合併

東京芝浦電気株式会社(現東芝、1984年に改称)となる

1942年8月芝浦マツダ工業が東京芝浦電気に吸収合併されたことにより、「東京芝浦電気株式会社 マツダ支社第三工業特殊合金工具工場」となる

ダイヤロイの名称を廃止して、商標名を「タンガロイ」に統一

1943年4月「東京芝浦電気株式会社 マツダ支社特金工具製造部塚越特金工具工場」となる
8月増産体制を整えるため、標準バイトの量産工場として、大阪・富田林工場を設立
9月「東京芝浦電気株式会社 川崎支社特金工具製造部川崎工場」となる
11月タングステン精錬の規模拡大のため、東京・砂町工場を設立
1944年1月川崎・砂町の両工場が、軍需会社法による第一次指定(軍需工場の指定)を受ける
3月「東京芝浦電気株式会社 特殊合金工具製造所川崎工場」となる
5月富田林工場が兵器行政本部の監督工場に指定される
12月政府主導による技術情報公開
1945年2月タンガロイの技術は工具界に大きく寄与するとして、技術褒賞を受賞

戦後の混乱とタンガロイ工業の設立~東芝タンガロイと改称、株式上場へ

戦後の再建計画において、塚越工場とタンガロイ事業部の幹部たちは、窮状を一刻も早く打開し生産を再開するためには、大会社の一工場としてではなく、完全に独立した会社としてスタートすべきだと考え、1947年、独立採算制の実施に踏み切りました。それはやがて、1950年の「タンガロイ工業株式会社」の設立へとつながっていきます。

1958年、社名を「東芝タンガロイ株式会社」と改称した頃には、それまでの研究結果が一気に開花し、独自の製品が続々と登場しました。刃の役割をするチップの取り付け・取り外しが簡単にできる刃先交換式のスローアウェイ工具は、現在も切削工具の主流となっています。

1945年8月第二次世界大戦終結
10月特殊合金工具製造所を廃止し、工場を本社直属とする

川崎工場を塚越工場に変更、富田林工場とともに残し、両工場を中心に再建計画を進める

1947年1月超硬工具協会(現日本機械工具工業会)の設立

この協会ができてから、「超硬工具」という呼称が本格的に使われ始めた

9月独立採算制の実施

塚越工場は、本社に属していたタンガロイ事業部を工場に移管、富田林工場は、塚越工場の衛星工場として運営されることになり、新たな塚越工場組織が確立

1948年5月戦後初のタンガロイ大会が開催され、20特約店の代表が集合

販売網を確立するため、業界初の組織づくりに着手

1949年2月過度経済力集中排除法に基づき、塚越・富田林工場が処分工場に指定される

再編成計画の決定により、塚越工場と富田林工場が、東芝から分離独立した第二会社として発足することが内定

1950年2月「タンガロイ工業株式会社」を設立
1958年4月セラミック工具「タンガロックス」を開発

世界水準に達する製品と専門誌で絶賛される

6月「東芝タンガロイ株式会社」と改称
1959年1月タンガロックスが日刊工業新聞社の十大新製品賞を受賞
1960年「タンガロイロータリーバー」(回転ヤスリ)を開発

「タンフリック」(焼結金属摩擦材料)の市販開始

「タンガロイボール」(ボールペンのペン先になる超硬ボール)の本格的な生産開始

1961年7月名古屋工場(愛知県日進町)を竣工
1962年10月東京証券取引所市場第二部に上場
1963年4月TU40を開発

ねばい、かけないという大きな特色を持つ“夢の超硬合金”

5月第一回タンガロイスクール開催

日本の切削技術の向上を目標とした、計画的・継続的なスクーリングの実施

1964年4月TH10を開発

鋳鉄、銅合金、軽合金、非鉄金属材料切削用材種

“スーパーカット”の愛称を持つ

1965年3月ニューTXを開発

“超硬合金のエリート・ナンバーワン”と呼ばれた材種

全ての被削材に、どんな条件でも使用できる超硬合金という理想を実現

1969年6月輸出科を新設

国内から海外へ目を転じ、世界のタンガロイを目標に動き出す

1970年韮崎工場(山梨県韮崎市)を竣工

東京証券取引所市場第一部に指定

1980年タンガロイ・シンガポール社を設立
1985年タンガロイ・ヨーロッパ社を設立
1986年タンガロイ・アメリカ社を設立
1989年いわき工場(福島県いわき市)を竣工
1992年タンガロイ・イタリア社を設立
2001年タンガロイ・カナダ社を設立
2003年タンガロイ・カッティングツールタイ社を設立
泰珂洛超硬工具上海有限公司を設立

東芝から独立~IMCの一員となる

2004年、東芝タンガロイは、東芝から独立し、「株式会社タンガロイ」となりました。そして、2008年9月には、超硬工具で世界2位のIMC(*)の傘下に入り、グループの一員となります。IMCは、2006年、ウォーレン・バフェット氏率いる投資会社、バークシャー・ハサウェイ(**)が買収したことにより、各グループ会社の自主経営を尊重する傾向をより鮮明にしていました。

2010年、神奈川県川崎市の本社を、もともと工場があった福島県いわき市に移転しました。2011年3月の東日本大震災時は、すでに完成していた新工場を拠点に、被災1か月後には生産を再開、8か月後の11月には、本格稼働を始め、震災により延期されていたタンガロイ新工場の完成式典を開催しました。バフェット氏は、この式典に参加するために初来日、工場を視察し、タンガロイの技術力を高く評価しました。

2004年4月経営陣と従業員による企業買収(MEBO)により東芝から独立、「株式会社タンガロイ」となる

東京証券取引所市場第一部上場の廃止

2004年タンガロイ・メキシコ社を設立
2006年タンガロイ・フリクションマテリアルベトナム社を設立
2007年タンガロイ・チェコ社を設立
2008年9月

超硬工具で世界2位のIMC(*)の傘下に入る

2009年

タンガロイ・ブラジル社を設立
タンガロイ・イベリカ社を設立
タンガロイ・スカンジナビア社を設立
タンガロイ・ロシア社を設立
タンガロイ・ポーランド社を設立
タンガロイ・韓国社を設立

2010年4月神奈川県川崎市の本社を福島県いわき市に移転
2010年タンガロイ・インド社を設立
タンガロイ・マレーシア社を設立
タンガロイ・オーストラリア社を設立
タンガロイ・イギリス社を設立
2011年2月いわき本社に新工場を竣工
3月東日本大震災により被災
11月新工場完成式典を開催

ウォーレン・バフェット氏(**)が式典に参加するため初来日

2012年タンガロイ・ハンガリー社を設立
タンガロイ・トルコ社を設立
2013年タンガロイ・インドネシア社を設立
タンガロイ・ベネルクス社を設立
タンガロイ・クロアチア社を設立
2015年新製造建屋を竣工(増産)
2018年タンガロイ・台湾社を設立


(*)IMC – International Metalworking Companies B.V.(インターナショナル・メタルワーキング・カンパニーズ):切削工具とその技術で世界をリードする企業集団
切削工具業界の世界的企業グループ。同業大手のイスカル(イスラエル)などを抱える。企業同士が連携し、インサート・フライス・エンドミル・ドリルなど、さまざまな加工に対応する超硬工具を製造。また、世界中のユーザーを技術面でもサポートし、加工における問題の解決策を提案する。米国の著名投資家ウォーレン・バフェット氏率いる投資会社、バークシャー・ハサウェイが2006年に買収。

(**)Berkshire Hathaway Inc.(バークシャー・ハサウェイ):米国の著名投資家ウォーレン・バフェット氏が率いる投資会社
米国ネブラスカ州オマハに本社を置く。史上最高の投資家の一人といわれるウォーレン・バフェット(Warren Buffett)氏が会長兼CEOを務める。バフェット氏は、長期投資を基本スタイルとし、持続的な成長が見込める企業に投資することで有名。2006年のIMC買収は、バフェット氏が米国以外の企業に初めて投資する例として、注目を浴びた。